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竹やぶ

Ⅱ 系譜 千葉・柏(源流は東京・池の端藪蕎麦) 2026-10-12 竹やぶ 柏本店

竹やぶの蕎麦

この蕎麦は何か

藪から出て、藪の外に新しい流れを作った系譜である。

阿部孝雄は、上野の池の端藪蕎麦で修業した。藪の記事に書いた、藪の流れの一軒である。ところが、そこで覚えた蕎麦は機械打ちだった。手打ちは、自分で店を開いてから、独りで身につけた。

石臼で粉を挽き、玄蕎麦を手で挽いた田舎そばを打ち、五百種を超える変わりそばを作った。蕎麦の前に酒と肴を楽しむ店のかたちを整え、竹林に囲まれた丘の上に、自分の手で庵を建てた。

その店から、何人もの弟子が出た。神宮前の玉笑、江古田のじゆうさん、目白の蕎麦おさめ。今の東京で、蕎麦を一つの料理として出す店の多くは、たどると柏の丘に行き着く。

江戸の藪と、今の東京の蕎麦をつなぐ橋のような系譜である。


判別条件

  • そば前(蕎麦の前の酒と肴)から始まる品書き
  • ふわふわのそばがき
  • 何日もかけて炊いた、にしんの煮付け
  • 凝った内装。店そのものが一つの作品になっている
  • 石臼による自家製粉。せいろと、玄蕎麦を手挽きした田舎

蕎麦より先に、そば前と空間で分かる

藪はつゆの辛さで、翁・達磨は細いもりと太い田舎の二枚で見分けた。竹やぶ系は、蕎麦そのものより、蕎麦の前と周りで見分ける。

そば研究家の前島敏正は、竹やぶの弟子の店に共通するものとして、凝った内装、にしんの煮付け、ふわふわのそばがきを挙げている。

にしんを炊く日数

柏本店のにしんそばは、70本のにしんを一週間かけ、一升瓶十本の酒で炊き上げたものをのせるという。看板の一品である。

弟子の店にも、にしんは受け継がれている。じゆうさんは四日がかりで、竹やぶ譲りの製法で炊く。玉笑は六日以上かけて炊く。

師匠と同じものを、それぞれの日数で炊いている。受け継いだ型と、弟子それぞれの手が、一つの皿の中に並んでいる(★日数は資料による)。


なぜそうなったか

集団就職から、藪へ

阿部孝雄は1944年、新潟県の村松町に生まれた。十八歳で集団就職で上京し、二年後、池の端藪蕎麦に入った。

翁・達磨の高橋邦弘も、1944年の新潟の生まれである。同じ年に同じ県に生まれた二人が、一人は藪から、一人は一茶庵の教室から、それぞれ現代の蕎麦の大きな流れを作った。

一年十か月で、独立

池の端藪での修業は一年十か月。1966年、二十二歳で柏駅前に竹やぶを開いた。

池の端藪の蕎麦は機械打ちだった。当時、東京で手打ちの蕎麦屋は数えるほどしかなかったとされる。

休業の一年で、手打ちを覚えた

開業から五年後、道路の拡張で店を移さなければならなくなり、一年間休業した。その間に手打ちを学んだ。翌年、駅前のビルのワンフロアで店を再開している。

手打ちを、師匠から習ったのではなく、店を失った一年で身につけた。修業の短さは、片倉康雄の一週間、高橋邦弘の教室と並ぶ(翁・達磨の記事を参照)。藪で始まった人が、藪では覚えられなかったものを、自分の手で足した。

丘の上の庵

1982年、自然に囲まれた場所を求めて、手賀沼を見下ろす丘へ店を移した。

駅前の時代から始めていた石臼の製粉を深め、玄蕎麦から自分で挽くようになった。手で挽いた田舎そばを打ち出し、「ニューウェーブの旗手」と呼ばれた。柚子切り、芥子切り、蓬そばなど、作った変わりそばは五百種を超えるという。

店は竹林に囲まれ、店のサイトは「先代の店主 阿部孝雄が辿ってきた蕎麦との対峙の場であり、人生の想い出が刻まれた、まさに手作りの“庵”」と書いている。

店を広げ、弟子を出した

1993年に恵比寿竹やぶ(2003年に閉店)、2002年に箱根竹やぶ、2003年に六本木ヒルズの六本木竹やぶを開いた。六本木竹やぶは、今は閉店している。

弟子たちは独立し、屋号の暖簾を分けた店(千住・手取川・鬼怒川)と、自分の屋号で店を開いた店に分かれた。

柏本店は今、二代目の阿部智也が店主を務めている。


誰が定義しているか

名簿は、ない

翁・達磨には、師匠が持つ名簿があった。竹やぶには、それに当たるものが見つからない。

竹やぶの系譜を書き残しているのは、外の書き手である。前島敏正は、竹やぶから独立した店として、吟八亭 やざ和、じゆうさん、玉笑、東白庵かりべを挙げている。2003年の阿部の著書『江戸前を極める そば「竹やぶ」名人の真髄』には、弟子や「そばの仲間たち」が阿部と竹やぶを語る文章が収められている。

六文そば系と同じく、外から書く人がいることで、定義が残っている系譜である。

弟子の店の名前に、師匠が残る

江古田のじゆうさんは、もともと高橋定雄の実家の蕎麦屋だった。竹やぶで修業し、三代目を継ぐときに店名を改めた。名付け親は阿部である。店の前の目白通りが、昔「十三間道路」と呼ばれていたことに由来する。輪島塗の箸置きや笊をそろえる趣味も、竹やぶの影響が少なくないという。

神宮前の玉笑の浦川雅弘も、実家は三重・伊勢の蕎麦屋「玉川」である。屋号は、実家の「玉川」と、師匠の阿部孝雄の号「二笑」から一字ずつ取ったとされる。

暖簾を分けなくても、師匠の名は弟子の店の名前の中に残っている。

師匠の品書きが、弟子の店に残る

岐阜・中津川の手打蕎麦 わくりには、「蕎麦三昧」がある。そばがき、せいろ、豆乳蕎麦、水あずき。目の前で雪平鍋とすりこぎを使って、粗挽きのそばがきを練るという。

柏本店の「そば三昧コース」は、そばがき、せいろか田舎、にしんそば、甘味の水あずきの順に出る。名前も、そばがきから始まって水あずきで終わる流れも、弟子の店に受け継がれている(★推論)。

竹やぶ出身の店は、千葉、東京だけでなく、岐阜、愛知、茨城にもある。

弟子の弟子

東白庵かりべの店主も竹やぶの出身で、目白の蕎麦おさめの店主は、竹やぶで三年、大川やで二年、東白庵かりべで五年修業した。竹やぶの弟子であり、孫弟子でもある。

系譜が、二代目の弟子へ、さらにその先へと続き始めている。

★竹やぶ柏本店と箱根店を、長男と次男のどちらが継いだかは、資料によって逆になっている。


つゆと薬味

麺:石臼の自家製粉。せいろと、玄蕎麦を手挽きした田舎の二枚立て。柏本店の蕎麦の実は、黒姫高原の契約農家のものとされる。

そばがき:粗挽き。

にしん:にしんそば、にしんの煮付け。

薬味:柏本店では、蕎麦によって違う。田舎には小葱と辛み大根、せいろには山葵。

そばがきの食べ方:醤油と山葵。


食べられる店

竹やぶ

店 場所 備考
竹やぶ 柏本店 千葉県柏市柏1144-2 1966年創業(1982年に現在地)。手賀沼を見下ろす丘。火曜休(祝日は営業)、月曜は15時まで。冬場(12〜3月)の夕方以降は予約制。蕎麦がなくなり次第終了
竹やぶ 箱根店 神奈川県足柄下郡箱根町元箱根160-80 2002年開店

暖簾を分けた店

店 場所 備考
千寿 竹やぶ 東京都足立区千住河原町7-12 京成・千住大橋駅ちかく
手取川 竹やぶ 石川県能美市
鬼怒川 竹やぶ 茨城県守谷市大木1717-1 鬼怒川から移転

自分の屋号で独立した店

店 場所 備考
吟八亭 やざ和 東京都葛飾区亀有1-27-8
手打蕎麦 じゆうさん 東京都中野区江原町3-1-4 にしんを四日がかりで炊く
玉笑 東京都渋谷区神宮前5-23-3 にしんを六日以上かけて炊く
打墨庵 加瀬 千葉県鴨川市打墨2329-1
蕎麦おさめ 東京都新宿区下落合3-21-5 目白駅ちかく。竹やぶ→大川や→東白庵かりべで修業
手打蕎麦 わくり 岐阜県中津川市太田町2-2-35 2014年開業。東白庵かりべでも働いた。そばがき・せいろ・豆乳蕎麦・水あずきの「蕎麦三昧」がある
春風荘 愛知県名古屋市昭和区鶴舞3-10-4 名古屋市中区千代田から移転
木挽庵 茨城県ひたちなか市東石川3069-14 1992年創業
東白庵 かりべ 東京都世田谷区粕谷4-23-19 神楽坂から移転

竹やぶ 柏本店で、どこまで同じか

  • 丘の上と丘の下の両方から入れ、長い階段でつながっている。至る所に器があしらわれ、土壁には陶片や石が埋め込まれている
  • 初代・阿部孝雄の書による言葉が、店のあちこちに書かれている。「二笑の道」の文字もある。「二笑」は阿部の号で、玉笑の屋号の一字の元とされるもの
  • 入店は記帳制
  • 品書きには季節限定の蕎麦や、有機栽培のれんこんの天ぷらがあり、酒の品数が多い
  • 「そば三昧コース」は一日20組の限定。そばがき、せいろか田舎、にしんそば(小)、甘味の順に出る。訪れた日は、ごま豆腐と切り干し大根が添えられた
  • そばがきは粗挽きで、醤油と山葵で食べる
  • にしんそばの蕎麦は、せいろの蕎麦
  • 薬味は蕎麦によって違う。田舎には小葱と辛み大根、せいろには山葵
  • 店内に、その日の蕎麦の産地が書かれている(訪れた日は、せいろが千葉県成田産、田舎が新潟の神田農場)
  • 甘味は水あずき。冷たいお抹茶が添えられた

食べた記録

祝日月曜、11時10分頃着。お待ちの方二組。記帳制になっている。丘の上から入ったが、丘の下まで長い階段があり降りてみる。至る所で器などをあしらって装飾がされており、世界観を作っている。初代の書による言葉が所々に描かれている。「二笑の道」とも書いてある。

11時20分頃に女将さんが出ていらして、気持ちよく挨拶をして下さる。そのまま少し早く開けて下さる。この後もそうだが、終始真心を感じるおもてなしが心地良い。

季節限定のもずくそばや有機栽培のれんこんの天ぷらがあるが、一日20組限定のそば三昧コースをお願いする。席は1人でも大きなテーブルに案内して頂く、奥には予約席もあるよう。

温かいお茶を飲んで待っていると、そばがきが到着。温かいうちにお召し上がりくださいと声をかけて頂く。まずはそのままの味。熱々でふんわりしていて美味しい。プチプチと蕎麦の実の感触も感じられる。次に醤油に付ける。醤油もキリッとしていて、そばの甘みが引き立つ。今度は山葵も一緒に。温かいうちにと言って頂けたが、このそばがき、不思議とずっと熱々のまま。何か仕掛けがあるのかと思うほど最後まで美味しく頂ける。

コースを頼んだサービスに、ごま豆腐と切り干し大根を頂く。お酒を飲みたくなる良いお味。(お酒のメニューがかなり豊富に用意されている。)

程よい間隔で田舎そばが到着。せいろと田舎そばが選べるが、次のにしんそば(小)がせいろの蕎麦とのことで田舎を注文。まずは蕎麦だけで頂く。弾力が強く、力強い味わい。次につゆにつける。つゆが美味しい。濃すぎず、甘辛もバランスが丁度いい。スッキリしすぎていない余韻を感じられる。そしてこの蕎麦に合う。蕎麦だけで食べるより、つゆと一緒でさらに美味しくなる。薬味は小葱と辛み大根。この辛み大根とつゆと田舎そばの相性がとても良い。今回せいろを頼まなかったが、せいろには山葵がついてくるようなので、計算された薬味なのですね。個人的には八割くらいつゆにつけて、薬味を全て入れて頂くのが美味しく感じました。店内には本日の蕎麦の産地が書いてある。(せいろは千葉県成田産。田舎は新潟の神田農場。)蕎麦湯は見た目ほど濃くなく、スッキリ目。薄い訳ではなく、つゆに合っていて美味しい。

少し待つとにしんそば(小)が到着。まずは温かいつゆを一口。つゆは絶品です。そして、細めの蕎麦を頂く。美味しい。次はにしん、70本を一週間かけ酒一升瓶を十本使用して炊き上げているというにしんは甘しょっぱくて柔らかくて美味しい。卓上の七味を少しかけてもつゆが美味しい。残ったつゆに蕎麦湯で割って飲むとまた美味しい。ペットボトルで常備したくなる美味しさ。

満足したところで、甘味の水あずきと冷たいお抹茶を頂く。優しいあずきの甘さと、温かいにしんそばを食べた喉を冷やしてくれるお抹茶で完成。冷も温もどちらもつゆが抜群に美味しいお店。このお店から現在の名店が多く輩出されていることが納得のお味。大満足です。


出典・確認状況

参考にした資料

  • 阿部孝雄『江戸前を極める そば「竹やぶ」名人の真髄』プレジデント社、2003年(著者紹介)
  • プレジデントオンライン「『こんなそば屋はすぐに潰れる』と言われたが…会社員を辞めた『そば打ち職人』が59年続く名店を作り上げるまで」
  • 竹やぶ 公式サイト「柏本店」
  • 食べログマガジン「名店の系譜を辿る 第1回」(解説・前島敏正)
  • 楽天ぐるなび・AutoReserve・まっぷる(竹やぶ 柏本店の店舗情報)
  • ミシュランガイド東京・Savor Japan・HAMONI(蕎麦おさめの住所)
  • 食べログ・Retty(千寿 竹やぶの住所)

確度

事項 確度
阿部孝雄が1944年新潟県村松町生まれ、18歳で集団就職で上京、2年後に池の端藪蕎麦へ 確定(著書の著者紹介)
池の端藪で1年10か月修業し、1966年に柏駅前で開業 確定(著書の著者紹介)。開業を1967年とする資料もある
池の端藪は機械打ちで、手打ちは独学 通説(複数の紹介記事)
道路拡張で1年休業し、その間に手打ちを学んだ 確定(著書の著者紹介)
1982年に手賀沼を見下ろす丘へ移転 確定(著書の著者紹介ほか)
石臼の自家製粉、手挽きの田舎そば、「ニューウェーブの旗手」 確定(著書の著者紹介)
変わりそば500種以上 通説(プレジデントオンライン・口コミ)
恵比寿竹やぶ1993〜2003年、箱根竹やぶ2002年、六本木竹やぶ2003年 確定(著書の著者紹介)
柏本店の店主が二代目の智也 確定(プレジデントオンライン)
柏本店と箱根店を長男・次男のどちらが継いだか ★資料で逆
にしん70本を一週間かけ、一升瓶十本の酒で炊き上げる 実訪(店で聞いた・見た説明、2026年10月12日)。予約サイトには「日本酒七升」とある
じゆうさんのにしんが4日がかり、玉笑が6日以上 通説(紹介記事)
弟子の店に共通する特徴(凝った内装・にしんの煮付け・ふわふわのそばがき) 通説(前島敏正の解説)
吟八亭やざ和・じゆうさん・玉笑・東白庵かりべが竹やぶ出身 確定(食べログマガジン)
蕎麦おさめの店主が竹やぶ→大川や→東白庵かりべで修業 確定(ヒトサラ・食べログマガジン)
じゆうさんが実家の蕎麦屋で、竹やぶで修業後に三代目を継ぎ、店名を阿部が付けた 確定(食べログマガジン)
玉笑の浦川雅弘の実家が伊勢の蕎麦屋「玉川」、屋号が「玉川」と阿部の号「二笑」から 通説(口コミ)
六本木竹やぶの閉店、鬼怒川竹やぶの守谷への移転、東白庵かりべの世田谷・粕谷での営業 確定(本人確認)
手打蕎麦 わくり・春風荘・木挽庵が竹やぶで修業した店主の店 確定(本人確認・個人サイト)
わくりの店主が東白庵かりべでも働き、2014年に中津川で開業 通説(ブログ)
わくりの「蕎麦三昧」(そばがき・せいろ・豆乳蕎麦・水あずき) 通説(口コミ)
そば三昧コースが一日20組限定、そばがき・せいろか田舎・にしんそば(小)・甘味 実訪(2026年10月12日)
甘味が水あずき 確定(お品書き)
木挽庵の創業が1992年 通説(口コミ)
暖簾分けの店(千住・手取川・鬼怒川) 通説
黒姫高原の契約農家の蕎麦の実 通説(店舗情報)
高橋邦弘と同じ1944年・新潟生まれ 確定(両者の経歴)
記帳制、丘の上と下の入口、器や陶片による装飾 実訪(2026年10月12日)
初代の書による言葉、「二笑の道」の文字 実見(同上)
田舎に小葱と辛み大根、せいろに山葵 実見(同上)
その日の蕎麦の産地の掲示(せいろ 千葉県成田産、田舎 新潟の神田農場) 実見(同上)
にしんそばの蕎麦がせいろの蕎麦 実訪(同上)
柏本店での実食 2026年10月12日
千寿 竹やぶが足立区千住河原町7-12 確定(食べログ・Retty)。地図に出しているピンは、国土地理院が引いた「千住河原町7番12号」と13m
蕎麦おさめが新宿区下落合3-21-5(2022年に巣鴨から移転) 確定(ミシュランガイド・Savor Japan・HAMONI が一致)。「豊島区」とする記述もあるが、移転前の住所と混ざったものと見られる