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手打そば 菊谷

一軒 東京・巣鴨 2026-10-21 手打そば 菊谷 巣鴨本店

手打そば 菊谷の蕎麦

この店は何か

弟子を取らないことで知られた師匠から、ただ一人で受け継いだ店である。

店主の菊谷修は、秩父の「こいけ」で修業した。こいけの小池重雄は、一茶庵の片倉康雄の直弟子で、翁・達磨の高橋邦弘と同じ師匠の下で腕を磨いた人だった。そのこいけは、2016年に店を閉じている。

菊谷は、巣鴨の庚申塚、旧中山道沿いで、その技を今に伝えている。品書きの最初の頁は、こう始まる。

 趣味が高じて蕎麦屋を始めました。

この店にしかないもの

三種類の蕎麦と、唎き蕎麦

菊谷の蕎麦は、「並そば」「吟」「堯」の三種類である。

  • 並そば:平日限定の、基本のもりそば
  • 吟:色彩選別機で、緑色の粒だけを選び分けた蕎麦の実を使う
  • 堯(ぎょう):天日干しや長期熟成など、希少な蕎麦の実を使う

吟と堯は日替わりで、どちらか一方が出る。

これを食べ比べるのが、菊谷の名物「唎き蕎麦」である。品書きは「産地や品種、割合の異なるもりそばの食べ比べ」と説明している。

訪れた日の唎き蕎麦は、一枚目が群馬・赤城の新そば、二枚目が栃木・益子の8年熟成の蕎麦だった。二枚目が「堯」だという。同じ日に、穫れたばかりの蕎麦と、8年寝かせた蕎麦が並ぶ。

蕎麦は、出雲そばのような丸い割子の器で出てくる。卓上には岩塩があり、天ぷらは塩で食べることを勧められる。吟と堯と唎き蕎麦には、本わさびと辛味大根が添えられる。

蕎麦の実は、収穫した年に使うものもあれば、何年か低温の倉庫で熟成させてから使うものもある。店には石臼が五台あり、実ごとに粉を挽き分けているという。つなぎの小麦粉も、打ち粉(茨城の常陸秋そばの打ち粉と、北海道のさらしな粉)も国産である。

品書きは、来るたびに蕎麦の味が違う、と書く。そして、自分自身が楽しんでいろいろな蕎麦を打っているので、客にも気軽に楽しんでほしい、と続ける。

産地に、自分で足を運ぶ

品書きには、蕎麦の実の産地が並んでいる。

北海道の十勝鹿追、福島のあだたら、栃木の益子、茨城の旧金砂郷赤土と旧水府と桜川、埼玉の秩父、千葉の成田、新潟の三島、信州の山形村、長崎の五島列島福江島と対馬、宮崎の高千穂。

どの産地にも直接足を運び、生産者に会い、蕎麦畑を見て、その風土を感じて付き合っている、と品書きは書く。産地の中には、師匠のいた秩父も入っている。

菊谷は、自分でも蕎麦を育てている。茨城の金砂郷では、焼き畑で育て、仲間と手で刈り、天日で干した蕎麦もあるという。栽培の拠点を秩父から金砂郷に移したのは、畑仕事に携わりたい若者を受け入れるためだという。師匠の小池は弟子を取らない人だったが、菊谷は、店の外の畑に、次の世代を迎える場所を作ろうとしている。

人の名前が並ぶ品書き

菊谷の品書きには、産地だけでなく、作り手の名前が書かれている。

西崎さんの放し飼いの鴨。山葵農家の竹澤さん直伝のわさび味噌。井上さんの有精卵。天ぷらには、関根さんの玉締め搾りの極上胡麻油。

つゆも同じである。もり汁の「かえし」には、信州松本の大久保醸造店と、愛知知多の南蔵の、三種類の醤油を合わせる。そこに、愛知碧南の角谷文次郎商店の三州三河味醂、徳島上坂の岡田製糖所の阿波和三盆糖、出雲松江の米田酒造店の地伝酒、京都東山の千鳥酢を合わせる。

出汁は、鰹の本節と亀節、血合いを抜いた鰹の荒節の三種類の節に、北海道礼文島の香深浜の天然利尻昆布と干し椎茸。出来たもり汁は、数日冷蔵庫で寝かせてから出す。温かいかけ汁には、さらに焼きアゴ(とびうお)、本枯れのムロ鯵節、鯖節を加えている。

(★地伝酒は、出雲そばの記事に書いた松江の神代そばも、つゆに使っている。出雲の酒が、巣鴨のつゆにも入っている)

蕎麦屋酒

品書きは、こうも書いている。

 江戸の時代より、蕎麦屋は上酒が呑める大人のオアシスです。

酒肴が多く、「菊谷名物」と書かれたさばの燻製、蕎麦つゆの素に漬けたチーズのかえし漬、おばあちゃんのぬか漬などがある。お任せの酒肴三品盛りでは、この三つが一皿に並ぶ。酒肴は少ない量で頼めるので、一人でもいろいろ試せる。

酒の品書きだけで4頁ある。日本酒のほかに、イタリアのワインや、島根の奥出雲ワイナリーのワインも置いている。冷酒の猪口は、たくさんの種類から好きなものを選べる。

器も、品ごとに違う。玉子焼きは猫の顔をかたどった焼き物の皿に、天ぷらは刷毛目の皿に、酒肴三品盛りは細長い三つの仕切りの器にのって出てきた。

どこから来たか

建設会社の社員だった

菊谷修は1974年、東京に生まれた。大手建設会社に7年勤めた会社員だった。

会社勤めのかたわら、趣味の蕎麦打ちに打ち込み、週末は秩父の畑に通って、蕎麦の栽培や収穫をしていたという。日本酒が好きで通った学校の校長に頼まれて、秩父の農家に出入りするようになったのが始まりだとする記述もある(★要確認)。

畑の蕎麦を、こいけに打ってもらった

秩父で穫れた蕎麦を、精製して打ってもらっていた店が「こいけ」だった。そのうち弟子入りを認めてもらうようになったと、菊谷自身が語っている。28歳で会社を辞め、こいけで修業した。

こいけは、弟子を取らないことで知られた店だったという(★個人のブログによる)。

一茶庵から、秩父へ

こいけの小池重雄は、蕎麦打ちやうどん作りをしていた母親の影響で蕎麦屋になることを決め、1972年に修業に入った。翌年、東京・上野で開かれた「日本そば大学講座」に参加している。一茶庵の片倉康雄が開いた講座である。

小池は片倉の直弟子で、助手も務めたとされる。同じ弟子の高橋邦弘と、片倉の下で切磋琢磨したという。

かつて秩父の蕎麦は、玄蕎麦を粗く挽いて殻を練り込む田舎風が主流だった。小池は玄蕎麦にこだわり、片倉直伝の江戸風の蕎麦を秩父に植え付けた、とされる。こいけは、44年続いて、2016年9月に店を閉じた。

石神井から、巣鴨へ

菊谷は2005年に石神井公園で店を開いた(29歳で開業とする資料もある)。2011年6月、地元の巣鴨、実家のあった場所に店を移している。

2017年2月には、一日数組限定でコースだけを出す「菊谷 大塚別亭」を開いた(★現在の営業は未確認)。

巣鴨に移ってから一緒に店を守ってきた兄の聡は、2024年12月、国分寺に「手打そば 菊谷 国分寺」を開いて独立した。

近い図鑑

翁・達磨と、同じ根

片倉康雄(一茶庵)
├─ 高橋邦弘 … 翁・達磨(37軒の一門)
└─ 小池重雄 … こいけ(秩父、2016年閉店)
     └─ 菊谷修 … 菊谷(巣鴨)/菊谷 大塚別亭
          ├─ 菊谷聡 … 菊谷 国分寺(2024年、兄が独立)
          └┄ 納剣児 … 蕎麦おさめ(影響。修業は竹やぶの系譜)

翁・達磨は、師匠の名簿で37軒に広がった。同じ一茶庵の根から、弟子を取らない師匠を経て、一人に、そして家族へと、細く続いている枝もある。

翁・達磨は、細いもりと太い田舎の二枚で見分けた。こいけにも、細いせいろと太い田舎があった。ところが菊谷の品書きは、太さで二つに分けていない。蕎麦の実の選び方と寝かせ方で、並そば、吟、堯の三つに分けている。

同じ根から出ても、分け方は弟子ごとに違う。菊谷は、太さではなく、実で分けることを選んだ。

菊谷から、もう一人へ

菊谷は、弟子を取っていない。それでも、菊谷の一皿に動かされて店を開いた職人がいる。

目白の「蕎麦おさめ」の納剣児である。納は、柏の竹やぶで3年、大川やで2年、東白庵かりべで5年修業した。竹やぶの系譜の人である(竹やぶの記事を参照)。

独立を前に、納は巣鴨の菊谷で、秩父在来の蕎麦を食べた。その味に感動したことが、在来蕎麦に特化した店を開くきっかけになった。2018年に西麻布で蕎麦おさめを開き、2023年に目白の古民家へ移っている。

在来蕎麦とは、日本の各地で、交雑せずに長い年月をかけて育てられてきた蕎麦のことだと、納は説明している。店を開いた当時、納は、蕎麦の実を熟成させたり、蕎麦畑をまめに訪ねたりして、希少な在来の蕎麦を探していきたいと話していた。熟成と畑通いは、菊谷が品書きに書いていることでもある。

今の蕎麦おさめは、せいろ、粗挽き、玄挽きの三種類を、それぞれ別の産地の在来種で打ち分けている。実の持ち味に合わせて、細く打つか、太く打つかを決めている。

秩父で小池が守った江戸の蕎麦を、菊谷が受け継ぎ、その菊谷の秩父在来の一皿が、竹やぶで腕を磨いた職人の進む道を決めた。修業ではなく、一皿を通して渡ったものである。

(★納が菊谷で修業したわけではない。影響の関係である)

食べた記録

水曜日の11時30分に到着。3組のお待ちの列。 入り口の横に「新蕎麦入荷しました」の貼り紙。 すぐにお店の方が事前予約のお客さんから案内する。 落ち着いた店内に期待が膨らむ。お品書きには、「趣味が高じて蕎麦屋を始めました。・・・」と店主の文章が。次のページには【蕎麦切り】と【そば汁】へのこだわりが書かれている。

お隣のお客は事前予約で昼のコースをオーダーしていたようだ。 蕎麦前で冷を注文している。お酒だけで4ページのお品書きがあるほど充実している。 冷酒用の猪口は沢山の種類から好きなものを選べるとあり、粋なサービスに隣のお客が喜んでいる。 この店、酒肴が充実していて、小さい量で頼める。1人客にも嬉しい。

今回は、玉子焼き(二切れ)とお任せ酒肴三品盛りと天然無投薬の海老天、それと、唎き蕎麦を注文。 お品書きの説明を読んでいるだけで、店主のこだわりが伝わる。

玉子焼きは事前に作っておくタイプですぐに到着。 磨宝卵GOLDという卵と、和三盆を使用とのこと。 和三盆の優しい甘さの味付け。

最初に出して頂いた冷たいお茶を飲んでいると、 海老の天ぷら到着。お好みでお塩をつけてお召し上がりくださいと教えて頂く。 50円で天つゆが追加できるようだが、今回は塩で。 こだわりの胡麻油で揚げているという天ぷらは、サクサク。海老はプリプリ。 卓上に岩塩があるのがすごく嬉しい。

程なくして、お任せ酒肴三品盛りも到着。 さば燻製、ぬか漬け、チーズのかえし漬け。 ぬか漬けは塩気控え目で優しいお味。 さばは燻製の香りが豊か。チーズはそばつゆに使うかえしに漬けたもので、 お隣の冷酒が羨ましくなる。

それぞれつまんでいると、お蕎麦一枚目が到着。 今日の一枚目は群馬赤城産の新そば。蕎麦は中太、出雲そばで使われるような割子で出されるので太さも似ていると感じる。まずは蕎麦だけで。もぐもぐと頂くタイプの蕎麦。次に塩をつけて。新そばのフレッシュ感を感じる。 今度はつゆにつけてみる。この蕎麦はつゆとの相性が抜群。

一枚目を楽しんでいると、次に二枚目も到着。 栃木益子産の8年熟成とのこと。こちらのお店では、吟という、緑色の蕎麦の実を使用したものと、堯という天日干し、長期熟成等の希少な蕎麦の実を使用したもり蕎麦があるが、今日の二枚目がこの堯とのことです。 まずは蕎麦だけで。これは初めての味。熟成した豊かな香りのようなものを感じる。 次は塩をつけて。こちらは塩との相性が抜群。 今度は山葵と塩で頂くとこちらも良い。 つゆにつけても勿論美味しいが、こちらは塩が個人的に好き。 新そばをつゆで楽しんだり、熟成そばを塩で楽しんでいたら、 もう一つの薬味のおろしを使うタイミングを逃しました。

蕎麦湯は開店間もなくということもあるのか、あっさり目。 ただ、つゆがクリアで辛すぎず、甘すぎずのかなり美味しいつゆなので 蕎麦湯で楽しめるのが嬉しい。 たっぷりあるので、岩塩を少し入れても楽しめる。

豊富な酒肴と蕎麦前。日替わりの唎き蕎麦が楽しめる。 家の近くにあったら理想のお店です。

出典・確認状況

参考にした資料

  • 手打そば 菊谷 巣鴨本店 店内のお品書き(訪問時に撮影)
  • ヒトサラ「手打そば 菊谷 巣鴨 料理人 菊谷修 氏」
  • 食べログマガジン「自家畑でそばを自ら育てるそば店を訪ねて」
  • dressing「巣鴨の名店『手打そば 菊谷』が開いた1日数組限定の別亭」
  • つれづれ蕎麦「菊谷 国分寺 祝開店!菊谷兄が独立オープン」
  • 食べログ「手打そばこいけ」の口コミ(閉店の記録)
  • 蕎麦店のブログ「私の尊敬する秩父の こいけさんの記事です」ほか
  • ヒトサラ「蕎麦おさめ 料理人 納剣児 氏」
  • 食べログマガジン「在来蕎麦に魅せられた店主の店で、日本蕎麦のルーツを探る」(2018年)
  • ヒトサラマガジン「築100年の古民家を新たな舞台に、在来種の蕎麦の魅力を伝える蕎麦の名店|目白【蕎麦おさめ】」

確度

事項 確度
「趣味が高じて蕎麦屋を始めました」「蕎麦屋は上酒が呑める大人のオアシス」 確定(お品書き)
並そば・吟・堯の三種類、吟は緑色の粒を色彩選別、堯は天日干し・長期熟成など希少な実、吟と堯は日替わり 確定(お品書き)
唎き蕎麦は「産地や品種、割合の異なるもりそばの食べ比べ」 確定(お品書き)
石臼が五台、粉を挽き分ける 確定(お品書き)
収穫年度に使う実と、数年間低温倉庫で熟成させる実がある 確定(お品書き)
つなぎ・打ち粉も国産(常陸秋そばの打ち粉、北海道のさらしな粉) 確定(お品書き)
産地の一覧と、すべての産地に足を運び生産者に会っている 確定(お品書き)
もり汁・かけ汁の材料と作り手、もり汁を数日熟成させる 確定(お品書き)
生産者の名前(西崎さんの鴨、竹澤さん直伝のわさび味噌、井上さんの有精卵、関根さんの胡麻油) 確定(お品書き)
さばの燻製が「菊谷名物」、お任せ酒肴三品盛り 確定(お品書き)
奥出雲ワイナリーのワイン 確定(お品書き)
地伝酒を松江の神代そばもつゆに使う 通説(出雲そばの記事の出典による)
住所 豊島区巣鴨4-14-15、定休日 月曜(祝日と4のつく日は翌火曜) 確定(お品書き)
菊谷修が1974年東京生まれ、大手建設会社に7年勤めた 確定(ヒトサラほか)
28歳で脱サラし、秩父のこいけで修業 確定(ヒトサラほか)
畑の蕎麦をこいけに打ってもらい、そのうち弟子入りを認められた 確定(本人の話、食べログマガジン)
お酒の学校の校長に頼まれて秩父の農家に出入りした ★個人のブログによる
こいけは弟子を取らないことで知られた ★個人のブログによる
2005年に石神井公園で開業 確定(本人の話)。29歳で開業とする資料もある
2011年6月に巣鴨の実家の場所へ移転 確定(紹介記事)
金砂郷の赤土で焼き畑・手刈り・天日干しの蕎麦を育てる 確定(食べログマガジン・お品書き)。第一稿の「赤村」は「赤土」に訂正
栽培の拠点を秩父から金砂郷へ移したのは若者を受け入れるため 確定(食べログマガジン)
大塚別亭が2017年2月開業 確定(dressing)。★現在の営業は未確認
兄の聡が2024年12月に菊谷 国分寺を開いて独立 通説(蕎麦好きのブログ)
小池重雄が片倉康雄の直弟子・助手、高橋邦弘と切磋琢磨 通説(口コミ・ブログ)
小池が1972年に修業に入り、1973年の日本そば大学講座に参加 通説(蕎麦店のブログ)
こいけが44年続き、2016年9月に閉店 確定(食べログの閉店の記録・口コミ)
菊谷の蕎麦が太さではなく実の選び方で三種に分かれる 確定(お品書き)
訪れた日の唎き蕎麦が群馬・赤城の新そばと、栃木・益子の8年熟成(堯) 実訪(店で聞いた、2026年10月21日)
蕎麦が割子のような丸い器で出る/卓上に岩塩/天ぷらは塩を勧められる(天つゆは50円で追加) 実訪(同上)
冷酒の猪口を選べる/酒の品書きが4頁 実見(同上)
玉子焼きが磨宝卵GOLDと和三盆を使う 確定(お品書き)
吟・堯・唎き蕎麦に本わさびと辛味大根が付く 確定(お品書き)
入口の「新蕎麦入荷しました」の貼り紙、「常陸秋そば使用店」の札 実見(同上)
納剣児が独立にあたり菊谷の在来蕎麦に感動し、2018年に西麻布で在来蕎麦に特化した店を開いた 確定(ヒトサラ)
感動したのが菊谷の秩父在来の蕎麦 確定(食べログマガジン、2018年)
開業当時、実の熟成と畑通いで在来蕎麦を探したいと話していた 確定(同上)
納が竹やぶ3年・大川や2年・東白庵かりべ5年で修業 確定(ヒトサラ)
2023年に目白の古民家へ移転 確定(ヒトサラ・食べログマガジン)
せいろ・粗挽き・玄挽きを、それぞれ別の産地の在来種で打ち分ける 確定(ヒトサラマガジン)
菊谷とおさめの関係が修業ではなく影響 確定(納の経歴)
菊谷での実食 2026年10月21日

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