← そば図鑑へ

藪

Ⅱ 系譜 東京(江戸) 2026-09-05 かんだやぶそば

藪の蕎麦

この蕎麦は何か

江戸の蕎麦屋には、藪・更科・砂場という三つの系統がある。江戸三大蕎麦と呼ばれる。

藪は、そのうち最も辛いつゆを持つ系統である。麺は淡く緑がかり、つゆは濃く、量が少ない。器も小さい。麺の全部を浸すようにはできていない。

「蕎麦の先だけをちょっと浸して啜るのが粋」という話は、この系統について必ず語られる。ただし、かんだやぶそばのお品書きにはこう書かれている——半分ほどつけて召し上がってください、と。

通説は「先だけ」、店は「半分ほど」。ここが藪の面白いところである。


判別条件

  • 麺が淡く緑がかっている
  • つゆが濃く辛い。量が少なく、器が小さい
  • 麺の量が少ない

ただし、屋号では判別できない。

「砂場」と違い、「藪」は商標登録されていない。そのため全国にある「やぶ」を名乗る蕎麦屋を、ひとつの系譜として括ることはできない。屋号が同じでも、系統とは無関係の店が多数ある。

判別は屋号ではなく、麺の色・つゆの濃さ・量で行う。


なぜそうなったか

名前の由来

店自身の説明。幕末の頃、本郷の団子坂に「蔦屋」という蕎麦屋があった。竹藪が多い場所にあったため、やぶそばという通称を得ていた。この蔦屋の連雀町店を、明治13年(1880年)に堀田七兵衛が譲り受け、「藪蕎麦」の屋号で営業を始めた。その後、団子坂の本店が廃業したことにより、薮蕎麦本店としての看板を受け継いで今日に至る——これがかんだやぶそばのお品書きに書かれている来歴である。

別の説もある。雑司ヶ谷の藪の中にあった農家に由来する、鬼子母神の東にあった百姓家「爺が蕎麦」が起こりである、など。団子坂の所在地についても、本郷とする資料と根津とする資料がある。

確定していない。ただし、竹藪説は本店当事者が掲げているものである。

系譜

蔦屋(団子坂・幕末/通称「団子坂藪蕎麦」)
  │
  └─ 連雀町店 ── 明治13年(1880)堀田七兵衛が譲り受ける
        = 現・かんだやぶそば
        │
        ├─ 上野藪そば(明治25年/1892 暖簾分け)
        │
        └─ 並木藪蕎麦(大正2年/1913)
              三男 堀田勝三が創業。浅草・雷門から150m
              │
              └─ 池之端藪蕎麦(昭和29年/1954 暖簾分け)
                    ★休業を経て閉店(★要検証:2015年休業説と2016年閉店説がある)
                    │
                    └─ 藪蕎麦 宮本(静岡県島田市)
                          池之端で修行して開いた店

注意:かんだ・並木・池之端の三軒を指して「藪御三家」と呼ぶ記事が多いが、池之端は現存しない。いま食べられるのは、かんだ・並木・上野である。

なお「江戸三大蕎麦」(藪・更科・砂場)と「藪御三家」は別のものを指す。同じ「御三家」という語が両方に使われるため、資料を読むときは注意が要る。

なぜ麺が緑なのか

天然の色ではない。そして、二段階ある。

初代の堀田七兵衛が、蕎麦の味が落ちる夏の時期に、見た目だけでも客に涼しさを感じてもらおうと、蕎麦の若芽を練り込んだのが始まりとされる。現在は若芽ではなくクロレラを使っている。

つまり「初代が考えた意匠」と「クロレラ」は同じものではなく、後者は後年の置き換えである。明治の初代がクロレラを使うことはあり得ない。

この意匠は北海道まで飛んでいる。釧路の蕎麦が緑色なのは、かんだやぶそばのやり方を持ち帰ったものだと、現地の老舗が説明している。新そばの色を一年中出したかった、という理由である。

なぜつゆが辛いのか

通説:藪の客には職人が多くせっかちで、茹でたての麺にさっとつゆをつけて食べたかったから、汁が塩辛くなった——と言われている。客が先にあり、つゆが後にある、という説明である。

そして、この食べ方が江戸の粋として広まった。「一生に一度、蕎麦につゆをたっぷりかけてみたい」という小咄が残っているのは、この文化を裏返したものである。

★要検証:この由来は多くの資料に書かれているが、一次資料の確認は取れていない。


つゆと薬味

つゆ:昆布と鰹節のだし。辛口で、こくがある。量が少なく、器も小さい。

食べ方:かんだやぶそばのお品書きは「半分ほどつけて召し上がっていただくとおいしく召し上がれます」と書いている。世に流通している「先だけちょっと」は、これより控えめな量である。

麺:かんだやぶそばは外一(そば粉10に小麦粉1)。粉は国内産(長野・青森・北海道・茨城ほか)を使うとお品書きにある。

薬味:葱と山葵。

参考までに、同じ神田の「まつや」は十割に卵白でつなぐ硬い蕎麦を打つ。同じ町で正反対の設計が成立している。


食べられる店

東京

店 創業 場所
かんだやぶそば 明治13年(1880) 千代田区神田淡路町
並木藪蕎麦 大正2年(1913) 台東区雷門
上野藪そば 明治25年(1892) 台東区上野

静岡

店 系譜
藪蕎麦 宮本(島田市) 池之端藪蕎麦で修行

閉店:池之端藪蕎麦(文京区湯島)。


食べた記録

2026年9月5日(土)15時 かんだやぶそば

丸ノ内線の淡路町駅から、まつやさんの前を通りながら、お店に向かう。周辺は古くからの甘味処や料理屋さんが並び、私が訪ねた時は人力車が通るなど、街並みから江戸の風情を感じることができ、蕎麦コンディションが高められます。

ピークタイムを避けたおかげで、待たずに席に着くことが出来ました。

現在の建物は、2013年2月の火事のあとに建て替えられ、2014年10月に営業を再開したもの。焼け残った釣り行燈と看板はそのまま使われている。クラシカルな中にもモダンが感じられる。店内はテーブル席とカウンター席があり、2階には個室もあるそう。

店員の方のオーダーの仕方が詩のようで、居心地がとても良い。

本日はせいろうを注文。7分ほどで運ばれてきました。

情報にあるように、ほんの少し緑色の細い長い麺。まずは麺だけを頂く。やわらかいと良く書いてありますが、コシを感じることが出来ました。蕎麦って美味しいと、蕎麦でしか得られない喜びを感じます。

つゆは濃い色をしています。つゆを少しだけつけて食べると醤油の旨さも合わさりこれまた美味しい。薬味の葱と山葵を少しだけつけて食べる。これも美味しい。個人的には山葵なくても、この辛口のつゆには合うと感じる。

半分ほど食べたタイミングで蕎麦湯が運ばれてきました。

麺の量は少なめなので、すぐに食べ終わります。濃いつゆに蕎麦湯を入れて整います。

ねりみそがお持ち帰りできるので購入して退店。バーコード決済も使えてストレスフリー。

日本人で良かったと感じられる素晴らしいお店です。


出典・確認状況

事項 確度
蔦屋からの譲受・明治13年創業・外一・粉の産地・つゆのだし 確定(かんだやぶそば お品書き)
名前の由来(竹藪) 店の説明。別説あり
麺の緑(若芽→クロレラ) 通説(複数の資料が一致)
つゆが辛い理由(せっかちな職人) ★要検証(一次資料の確認なし)
池之端藪蕎麦の閉店年 ★要検証(2015年/2016年で資料が割れる)
火災2013年2月・再開2014年10月 確定